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一人称単数を読んだ感想【ネタバレあり】村上春樹の6年ぶり短編集

こんにちは、すずです。
この記事では、村上春樹さんの短辺「一人称単数」の書評レビューを書いています。

ネタバレもありますので、ご興味ある方は読んでみてください。

一人称単数を読んだ感想【ネタバレあり】村上春樹の6年ぶり短編集

村上春樹著「一人称単数」を読みました!

6年振りの新作で短編集です。

  1. 石のまくらに
  2. クリーム
  3. チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ
  4. ウィズ・ザ・ビートルズ
  5. ヤクルト・スワローズ詩集
  6. 謝肉祭(Carnaval)
  7. 品川猿の告白
  8. 一人称単数

の8作。

全て「僕」、「ぼく」、「私」の一人称単数が主人公になっています。

石のまくらに

大学生の僕がアルバイト先の懇親会の帰り、同じ方向に帰る年上の女性に

[chat face="woman1" name="" align="left" border="gray" bg="none" style=""]今日泊って行っていい[/chat]

と言われ、一夜を共にしてしまうというお話です。

こんな話、高校生や大学生の裏垢男子が読んでしまったら、余計な妄想が膨らんで大変だったことでしょう。

クリーム

コンサートに誘われた僕が、指定された会場に行くと、そこでコンサートが開催されていなかった。

帰りに公園に寄り、老人に訳の分からないことを言われるのですが、この辺りが村上春樹ワールド全開といった感じでした。

チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノバ

架空のアルバムタイトルで、そのアルバムの批評も僕が書いたのですが、それをニューヨークのレコード店で実際にレコードになっているものを見つけるというストーリーです。

なにやら、ワクワクさせられるお話でした。

ウィズ・ザ・ビートルズ

僕がお付き合いしていた女性についてのお話から、その女性の兄に2度会って会話したというお話。

何とも不思議な雰囲気が、やっぱり村上春樹だなと思わされました。

しかし、ビートルズと何の関係があるんや、ないんや、分からん話で、芥川龍之介の「歯車」でも題名は良かったのでは?と思えてしまいました。

でも、まぁその題名だと、読む気にならないよね。多分、誰も...

この「自殺」ということが、村上春樹文学(一応村上龍もいるものね)の根底にあるのかなと思いつつも。

これが一番お気に入りかもしれません。

ヤクルト・スワローズ詩集

かつて僕が駆け出しの頃にタイトルの詩集を書いたというお話。

著者のスワローズ愛がにじみ出ています。

「住んでいる場所から最短距離にある球場で、そのホームチームを応援する―それが僕にとっての野球観戦の、どこまでも正しいあり方だった。純粋に距離的なことをいえば、本当は神宮球場よりも後楽園球場の方が少しばかり近かったと思うんだけど……でも、まさかね。人には護るべきモラルというものがある。」

との一節で、電車の中で声出して笑いそうになりました。

謝肉祭(Carnaval)

シューマンの曲のタイトルで、とある醜い女性とこの曲について語り合うというお話でした。

1曲についてこれだけ語り合えるということが凄いことだと思います。

品川猿の告白

鄙びた温泉宿で、品川で人間に飼われていた猿の告白を聞くという話。

その猿は、恋する女性の「名前(の一部)を盗む」というのですが、意味が分かりません。

そのままうやむやに終わるのかと思ったら、「名前(の一部)を盗む」ことがどういうことなのか理解させてくれました。

一人称単数

1人呑み屋で、見知らぬオバさんに絡まれる話なのですが、それをこのようにお洒落に表現してしまうのが著者なのかもしれません。

偉そうに「村上春樹ワールド」なんて書いてしまいましたが、それを私が理解できているか分かりませんし、本書を「村上春樹著」という媒介無しで読んだ時に、どう感じるかと言えば、なんとも答えに窮してしまいます。

そんな、自戒も含めつつ、楽しく読ませていただきました。



村上春樹は人生の整理整頓

村上春樹の作品はほぼすべて読んでいて思うのですが、「猫を棄てる」もそうだったのだけど、ご自身の人生の整理整頓をしているような気がしてならなくて読んでて寂しくなってしまいました。

いままでユーモアを含んだエッセイはあったけど、今回は村上さんが書く小説に近いような世界観だったし、本一冊を通してずっと「死」がまとわりついていて、ちょっとだけ居心地が悪かったです。(でも面白く読ませていただきました)

「書くことで救われる」と以前おっしゃっていたけど、この本を書くことはいままでとは違った彼の人生における個人的な絡まった紐を解きほぐす作業なのかななんて思いました。

村上春樹の違和感の増加

村上春樹の新しい短編集「一人称単数」を読み進めながら、違和感が増していった。

果たしてこれは

  • 小説なのだろうか?
  • ノンフィクションのエッセイではないのだろうか?

という思いだ。

そして、ある作品に至って、それが明らかに創作であると確信する。

そしてあらためて考えてみると、フィクションかどうかを判定することには、何の意味もないことに思い至った。

目の前で起きた事実に極端な解釈を加えたら、それはもうフィクションかもしれないし、起きてもいない妄想を事実だと信じ込んで書けば、それは作者にとってはノンフィクションなのだ。

この連作短編のそれぞれには、おそらくフィクションとノンフィクションの境目というか、シミュレーションゲームで言うところの分岐が存在する。

そして、そのポイントに興味を持って掘り下げたくなったからこそ、その作品が書かれたのだろう。

私も文章をブログと言う形で書いているが、やはり事実として事象の起きた瞬間があって、その解釈を描きたいというモチベーションで筆が進んだものだ。

生活と非日常

普段の生活の中に突然訪れる非日常な瞬間。

私は毎日それを見出したいと思って生活しているし、達成した日は幸せな気分で一日を振り返ることができる。

それが、単調になりがちな生活を充実させるための、ささやかな抵抗なのだ。

春樹の小説も、もしかしたら同じようなモチベーションが介在しているのではないだろうか。

ほとんどが文芸誌で既に読んだ短編なのだけど、改めてまとめて読み直すと、驚くほどに根底に同じモードが流れているように感じました。

それは「あの時起きた出来事は何だったんだろう」と反芻する態度、自分の人生に起こった「どうしても私の頭から去らない」出来事の意味を、何とかして解読しようとする態度、とでもいえそうな気がします。

私たちの人生には、本当に重要に出来事はひとつかふたつしか起こらず、その意味を問い直し続けて死んでいくのが人間なのかも…そんな事を思いました。

新型コロナの影響もあり

今の時代に書かれたことから考えて、新型コロナウイルスのメタファーなのではないかと感じたことなどを書いています。



まとめ

『女のいない男たち』から6年ぶりの短編小説集です!

少し不思議な私小説的要素が強い本作、新鮮さがありつつも、初期の短編集を思い起こさせる懐かしさがあり、様々な世代のファンに読んで頂きたい一作となっております!

鮮やかな青色の表紙が目印です!

8編の短編集

書き下ろしの「一人称単数」を除いて、各短編の主人公が若い日であった何気ない出来事が、長い道のりを経て、後半の人生の年齢になったいま、ある種特別の感慨を持っていまよみがえる。と言った作品です。

当然のことながら著者の分身ともいえる主人公に共感する人も多いのではないでしょうか

長編もいいけど、彼の短編が私は好きですね。

久しぶりに読んで、春樹ワールドを堪能!いい短編集でした。

 

 

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